初めて会った時は彼女はとても思いつめていて、腹の中で様々な思いが渦巻いていて、まだ力を抑える術を知らなかった俺は、傍にいるだけでそれが全て流れ込んできた。彼女の過去というのは意図的に操作されたのか、幼少期の過去がごっそりと抜け落ちていた。彼女自身に問うた所、記憶が無いのだという。これだけしっかりと取り除かれているのだから、彼女にとってそれは無い方が良い記憶であるに違いない。俺はそう思っただけで、これと言って特に気にしなかった。
 追求しなかった理由はもう一つ有る。
 彼女より少し前に現れたソーゾスという男性。彼はその事を知っているようで、しかもそれについて罪悪感を感じている。謝るに謝れない辺り、よっぽど何か罪を犯したのかそこら辺は定かではないが、やはりあえて話さないあたり、彼女にとって抜け落ちた記憶は価値の無いものなのだろう。
 単に話せないだけという可能性は無視しておくとして、俺は彼女の過去を詮索する事はしなかった。したとしても黙っていれば向こうは解らないだろうが、けれどもやはりそれは人の道に反するというか、個人的なプライドみたいなもので、過去は見ないようにした。勝手に見えてしまうものは仕方ないとして、やはり出来るだけ人間らしい生活を送りたかったようだ。
 それに気付かなかった俺は、何もかも悟ったように彼女に話した。

 耐えることが当然。
 受け入れることが当然。
 それが俺の試練。

   ******

 度々彼女は夢の中で現れた。
 最初は抵抗を感じた。夢でも情報が流れ込んでくる事は日常だったが、こうもはっきりと現実の人間が現れるのは初めてだったからだ。
「やぁ」
 にっこりと笑う彼女は、分かれた時とは全く違う印象を受けた。
 どこか吹っ切れたような、垢抜けた感じだ。
 けれども分かれた時なんて、三年ほど前の事だったので、久々に知り合いに会えた嬉しさでそう見えただけなのかもしれない。
「こんにちは」
 と、俺は返事を返した。
 不意に、情報が押し寄せてきた。
 暗い。紅い。どす黒い。血。涙。死。
 それは見ていて嫌な映像だったはずなのに、何だか全てから解放されたような安堵感も得た。
「殺したんですね」
 俺と、頭と、そしてとある少女。
 もっともっと沢山の人を悲しめ、恐怖に陥れた。
 そんな奴を。
「やっと、いなくなったんですね……」
 何故だかホッとする。本当ならこんな感情、尋常ではないのに。そう解っていても、強張っていた心が緩んだ。
 彼女は口を開くことなく、ただ笑っている。
 笑うことで、感情を押し殺している。
「ありがとうございます」
 俺がそういうと、彼女は目を丸くした。
「お前、何を言っているか分かっているのか?」
「ええ、勿論。分かっていないのに、お礼は言えないじゃないですか」
 その答えを聞いて、まぁそれはそうだが、と彼女は口をつぐんだ。
「責めたりしませんよ。少なくとも、俺は、感謝しています」
 彼女はしばらく神妙な面持ちをした後、
「ありがとう」
 ポツリと呟くように言った。それが恥ずかしかったのか、彼女はついと視線をそらして、
「今日、こうやって交信しているのは訳がある」
 交信という言葉に疑問を感じたが、やはり世界が違うと同じ現象でも表す言葉が違うんだなぁとか妙に感心してしまってあまり気にならなかった。
「お前に文句を言いに来た」
 さらりと言われたので、反応が遅れた。まともな反応を取る暇も無く、エミレィさんは続ける。
「全てを見透かした態度が気に喰わない。現状に不満を抱かないのも気に入らない」
「……すみません」
「すぐに謝るのも気に喰わない」
 どうしろっていうんだ、この人は。
「そうやって、全部受け入れすぎなんだよ、お前は。少しは拒否しろ。否定しろ。反感を持て」そう言われてもなぁ、と困っていると、「お前は受け入れることを良しとする。受け入れてしまえばそれで良いと思っている。あるがままを受け入れるというのは、良い事かもしれない。けれど、あるがままを受け入れるだけというのは、それはただ全てを諦めた人間のする事だ」
「諦めたつもりは無いですけど」
「どうして能力を消そうとしない」
「それを消したら俺じゃなくなりますから」
 俺はこの力を持って生まれた。
 この力を持って生まれなければ、俺じゃないんだ。
「それは単なる言い訳だ」
 きっぱりと、エミレィさんは言った。
「お前はその力を毛嫌いしている。第三の瞳だって出来るものならくり貫いて捨ててしまいたい。それで視えなくなるならお前はそうするに違いない」
「そんな事、しません」
「それはお前が『その行為が無駄』だと解っているからだろう?」
 ぴくりと、頬が強張るのを感じた。
「無駄だと解りきっているから、もう駄目だと痛感しているから、だから格好の良い言い訳を並べているだけだ」
 違います。
 ―――――とは、言えない。
「辛い現実を受け入れるのは確かに試練かもしれない。けれど、それはもう、十分だろう?」
 そんな事は無い。
 ――――――とは、言いたくない。
「励ましてもらった礼もあるからな。世界中を探して、見つけてきた」

『第三の眼を潰す方法』

 実際潰した事があった。まだ幼い頃。詳しい事は思い出したくないが、とにかく幼い頃。
 母親に憧れて、でも嫌われて。全部眼のせいだから、無くなれば良い、と、子供らしい単純な考えで。
 指を突っ込んで、潰した。
 物理的に、瞳に指を突っ込めば、その瞳は潰れるものだ。指に湿っぽい感覚が現れるはずなのに、指には何だかもやもやした物がまとわりつくような感覚が現れるだけで、痛みすらない。
 鏡を見ながら行った所、指を入れると瞳と接触した部分から波紋が広がり、そこに吸い込まれるように飲まれている。
 それを見て、ああなんだもう逃れられないのか、と、酷く絶望したのを覚えている。
「潰せるん、ですか?」
 信じられないのが半分。
 心躍るような喜びが半分。
 そんな声音で俺は聞いた。
「潰せる、かな」
 エミレィさんの返事は随分と曖昧だった。首を傾げると、理由を説明してくれる。
「そもそも、スペラーレの能力(チカラ)というのは、自己防衛の為の手段として生まれたのが発端だそうだ。最初は、自分自身に降りかかる災厄をいち早く感知し、未然に防ぐための手段として用いられた。けれども、その能力が受け継がれていくうちに、予知する能力が異常に発達。やがて、過去や内面的なモノまで視えるようになった、という事らしい」
「そうなんですか」
 自分の能力だというのに、俺はそんな事一つも知らない。同じ力を持つ父親は会った事がないし、会いたいと思った時にはもう死んでいた。
 父親はこの事を知っていたのだろうか、という考えが浮かんできたが、今はそれどころではないので、頭の隅に追いやる。
「だから、第三の瞳を潰しても、自分に対する災厄だとかは視えてしまうし、何か重要な事は自然と流れ込んでくる」
 そうしないとお前の存在が危うくなるからな、とエミレィさんは言う。
「それ位、どうって事ないと思います」
 今までに比べたら、ずっとずっとマシだと思うし。
「ちなみに、潰した能力は戻らない」
「構いません」
「潰す時は大分痛いそうだ」
「……我慢します」
「潰してしばらくの間は身体が思うように動かないらしい」
「………頑張って動かします」
「一年位続くらしいぞ」
「それってしばらくですか……?」
「個人差があるそうだ」けろりとした表情。「しかも定期的に症状が、ぶり返すらしい」
「……………構いませんよ」
 俺の言葉に、エミレィさんは満足げに頷いた。
 それから唐突に握り締めた右手を突き出し、俺の目の前に持ってくる。
 ゆっくりとそれを開くと、そこには紫色の石があった。
 それが淡く光り出したかと思うと、今度はどす黒いオーラを放っている。オーラが第三の瞳に流れ込んでくると、ずきりと鈍い痛みを感じる。恐らくこの石のせいだろう。そしてこれを瞳に埋め込むのだと理解した。
 エミレィさんが石を掴んだ手を第三の瞳に近づける。黒いオーラも近づき、流れ込み、苦痛に顔が歪む。彼女は一度躊躇ったように手を止め、けれどもまた石を近づけた。
 物質的な物は見えない第三の瞳。けれども、物質的な物の見える二つの瞳が、第三の瞳が写す映像を流す。綺麗だなと思ったはずの光り輝く石が真っ黒に染まっている。それを挟む指や、エミレィさんの表情はぼやけて見えない。まるでその瞳に映す価値があるのはそれだけだと言わんばかりの光景。
 黒いソレが近づいて、
 どんどん、どんどん、
 大きくなって。
 世界が真っ黒に染まると、ぷつりと何かの音がして、

 感じたのは痛みだけだった。

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