後悔するな。
 自分を責めるな。
 お前が力を失った所で、ただの人間になるだけだ。
 自分のせいで防げなかったとぬかしてみろ。



 ぼくが鉄槌を喰らわしてやる。




   ******

「相変わらずの調子ですよ」
 能力の調子を問われた俺は、ありのままを答える。
「世界はわからないことだらけで怖いですし、力があればもっと役に立てただろうなぁとかも思いますし」
 辛いには辛い。
 正直、苦しい。
 けれども、今までの試練に比べたらどうという事はない。何が得られるかすらも判らなかった試練なんかより、人として――周りの人と同じように物事を受け止められるうえでの試練では、後者のほうが遥かに大きい。
 だから、耐えられる。
 諦めたりも、しない。
 だから、
「俺は、もう能力とは決別出来てるんだと思います」
 その言葉を聞いているのかいないのか、イザドルさんは携帯用の吸殻入れに灰を落とすだけでこれと言った素振りは見せない。これは何かされると怪しんだ俺は、何があっても対応できるようにイザドルさんの様子を窺う。
 しばらく沈黙が続いて、はた、と気付いたかのように、
「へぇ、そうなのか」
 かなり遅れての返答。
「関心ないんですね」
「んんん? 寂しいのかガキんちょ」
「別に寂しくないです。むしろ構ってもらえなくて寂しいのはイザドルさんの方だと思いますよ」
「………どういう意味だよ」
「娘さんたち、思春期だそうですね」
 にこりと笑うだけで、イザドルさんには伝わったようだ。
「……可愛くねぇヤツ」
 ぶすっとした表情を作りながら、イザドルさんは煙草の火を消した。
「いい大人が可愛かったら気持ち悪いでしょうに」
「まぁ、それはそうだな。同じ無愛想でもオレの娘達は可愛いぞ」
 さらりと親馬鹿ぶりと披露するのはいつもの事なので無視するとして、
「それにしても、どうしてそんな事を?」
「そんな事って、おめぇ……」とイザドルさんは何か言いたげに口を開いたが、彼はそれを飲み込んだ。「……まぁ、今まであったもんがいきなり無くなるっつーのは、正直戸惑うもんがあるだろ? だから心配してやったんだよ」
 オレは優しいからな、と背筋を伸ばして踏ん反り返る。
「心配、ですか」
「他の奴も心配してっぞ」
「そうでしょうか」
「気付いてねぇのかよ」
「今までは全部分かったんですけどね」
 力を失ってから気付いたのだが、俺は相手が何を思っているかという判断を知らず内に第三の瞳に頼っていたようだ。相手の動作や仕草からのみ判断するのは、慣れていないだけに難しい。
「気付いてないと言えば」
 イシシ、と含みのある笑い方をするイザドルさん。
「その笑い方気持ち悪いですよ」
「うっせぇなお前ぇ! いや、そんな事よりもだな、お前に朗報だぜ」
「はぁ……」
 団員の“朗報”がアテにならない日々を過ごしていた俺は、イザドルさんの朗報を聞きながら書類に手を伸ばした。話を聞きながら文字を読む練習に丁度良い。
「お前らの幼馴染が此処に向かってるそうだ」
 頭の中が真っ白になり、時間が止まった気がした。
「……え?」幼馴染と呼べる存在は、彼女一人しかいない。「それって……?」
「だからよー、朗報っつってんだろーが」
 人の話聞けよなー、と、子供のようにすねる。
「どうして、そんな事を……?」
「よくぞ聞いてくれましたなぁ……!」ふふふふ、と怪しい笑いが口から漏れている。「フェティの後にだな、フォーマ直々に頼まれたんだよ」
「……は?」
「いやぁー、あいつも過保護っつーか、独占欲強いっつーか、女の後を付回すのは正直どうよって感じだよオレは」
「……ストーカー行為をしてたんですか?」
 言われた通りに仕事をしていたイザドルさんもイザドルさんだ。
 ……というか、頭…………。そんな事するとは思ってなかっただけに悲しいというか。
 嫌われても知らないぞ。
「いやいやいや……。流石に、それはねーよ。旅の次の目的地の調査ってだけだぜ? まぁ、男装した女だとか、女みてぇな剣士とか、情報収集には便利な格好してっから、そんなに見張って無くても見失わないんだな、これが」
「尾行に気付かれて、斬りかかられませんでした?」
「オレはそんなヘマしねーよ」
 いつも以上に自信に満ちた表情で言った。
 というか、ストーカーねぇ……。頭、ほんと、どうしたんだろ……。
「……それで、その事、頭には?」
「伝えたよ。自分の仕事にキリがついたら戻るってさ。でさ、どうなんだ? あの女、頭に気があるのか?」
 解らないのに無理は無い。イザドルさんは、レイミィに会った事が無いのだ。
「ありますよ」
 俺はにっこりと断言した。
 イザドルさんは、どうせアジトに女が来るならもっと胸のある方がいいとか、あんなサラシで隠せる程度じゃ頭はがっかりしてんだろうな、とか本人がいたら確実に切り刻まれる内容をペラペラと話した。俺はそれを聞き流しながら、仕事へと戻る。
 ふと、思い出すのは、幼い少女。
 別れ方(というと誤解を招きそうだが、友人としての別れだ)に問題があったからだろうか。会うのが恐ろしく怖い。
 どんな顔をすればいいだろう?
 他人で、化物だった俺を、“家族”と呼んでくれた人。
 もし、彼女が家族なら、俺にとっての彼女は何だろう?
 普通に年齢で考えれば、彼女は妹だろう。でもそんな気はしない。いつも世話を焼いてくれたあたり、姉のような気もする。
 いや、違う。
 一番しっくりくるのは、母だ。
 母親に対する理想は、一般では当たり前の事だった。
 自分の存在を認めてくれる。
 たったそれだけの事なのに、俺には大きすぎる壁だった。
 彼女が母だったら、俺はもっと笑えていたかもしれない。種族なんて気にすること無く、もっと素直に、ありのままの姿で生きれたかもしれない。
 理想に基づいた妄想に基づけば、彼女は俺の母なのだ。
 勿論、父親は俺の仕える人で。


 もしも、力が戻るのならば、
 俺は必ず、親孝行をするだろう。


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